おぼえがき

なにをかいわんや

冬が来た

おぼえがきです。

 

冬の日の入り

珍しく早めに退勤した日、帰り道にコンビニの西向きの出入り口から外に出たとき、日暮れ直前の空がくすんだ青と黄色と桃色のグラデーションになっていた。

最近は気づくとすっかり日が暮れて真っ暗になってから帰途につくので、よくよく空の様子を気にすることができていなかったが「あーまたこの季節がやってきたなー」と心がうずうずした。コンビニの駐車場で、来たなあ、これだなあ、としばらく思って、センチメンタルに空をまじまじと見つめていた。

なんでこんなに良いなーと思うのだろう。凍てつく寒さの冬、なんだかカウントがゼロに近づく冬、私が得意な季節がきたなあ、と嬉しくなった。

 

冬の方が作りやすい

個人的に、たまたまかれこれ15年くらい(ひーこわい)年末年始になんかしらの作品を作らないと死んじゃうよおという動きをほぼ毎年やっている。学校のカリキュラムに沿ってだったり、展覧会の予定があったり、自発的にもうやばい気分が煮詰まってきた!だったりしているのが、たまたま同じ時期になる。

もちろん他の季節にも、なんかしようと思ってなんかしらやっている。しかし、不思議なことに自分の中で記憶に残ったり、いい感じになったなと思うものは、冬の寒さがヒドいレベルになって、朝も寒い、夜も寒い、と震えながら作業をしたときのものが多い。不思議なもんで意図せずして季節によって調子が変わってくるようになっている。

広瀬香美が冬、TUBEが夏に強いのは世間的に知れ渡っていることだと思うが(?)、私も冬の方が断然調子が上がるという振り返りがあり、季節性の作りやすさみたいなものは確実にあると思う。

 

なんなら身体もそうなのか

少し話はズレるが、定期的になんか新鮮な気持ちで美味しいもの食べたいな…とか、この食材が沢山手に入ったからいい調理法ないかな…と思って、リサーチをすることがある。そうすると、春夏は「あれはこれが好みではない、これってめんどくさいよな」などと、心にヒットするものを見つけるのが難しい。秋冬は「あーこの調理法もいいなーこの食材も好きだなー」と、好ましいものが多くて迷う。全般的に、生食や冷菜よりも加熱調理や保存食的なものの方が作業・味覚・身体的にも無理がないので、なにかと秋冬の方が選択肢が増える。

そして私は少々暑いだけで汗をダラダラかく上に露出をしたくないので夏は身なりの選択肢が「着用感のいいTシャツみたいなやつ」「崩れないメイク」といった不本意で選択肢が狭い内容になるが、冬は中に着込んででかいゴテゴテした服着るぞ、ゴテゴテした服にあう強いメイクはなにかな、と好きな内容で工夫が出来るので選択肢が増える。

 

雲もいい

京都も急激に冷え込んできた先日、14時ごろに友人と自転車で走っていたとき「もうすっかり冬ですね。こんな時間でも陽が翳ってきたし、雲が雪雲の色をしてる」と言われた。雲の中心部は灰色というか銀色で、縁の方は明るく白くモヤモヤとしており、金属的なような、冷たくて重さのある様子だった。

冒頭の夕方の空と同じく、これだよなあという客観的に理屈づけのできない「私にとって美しく感じる、目に馴染む季節がきたなあ」という気持ちが湧いて嬉しくなった。とにかく寒いことによって起きる現象が、冬が好きなのだ。

もちろん雪など降ろうものなら夜中や早朝に無意味に散歩に出るほどはしゃいでしまう。

 

まとめ

めちゃくちゃ感覚的な話だが、ただ季節と身体と精神がビタっとハマってくるだけでなんとなくやりやすいというか、上がり調子になることはある。ここから春爛漫、花咲き誇る季節(喜ばれる時期ではあるが苦手)になるまでの数ヶ月、生きてるな〜と噛み締めながらやっていこうと思う。冬が来て嬉しい。

色々な人と色々なことがある

おぼえがき兼日記です。閑話数題オムニバスです。

 

良く生きる

かつてルームシェアをしていた友人の子供が、私と誕生日を同じくして生まれた。

数ヶ月前に10月初旬予定だと聞いて、それはもしかすると、もしかするかもしれませんね…と冗談半分で話をしていたのだが、さすがに本当にドンピシャで当たるとはお互い思ってもいなかった。というか、そうなったらあまりにも因縁深いのでは…と思っていたら、実際そんなことになって大層笑った。

偶然の誕生日ごときで私自身と大仰に紐付けするのは良くないよねと思いつつも、友人との関係性が極めて近く、なんとなく毎年思い起こされるしかない感じになったので、私自身も良く生きようと思いました。

悩み深くあーだこーだ言いつつ、なんのかんの余裕があるからこそ悩んでいて(自ら悩むことができる程度の環境を整備することに余念はない)大体良い感じなので、なんとなく本人は大丈夫そうですよ死にゃしませんよ、という感じをやっていく気が湧きました。いちいちコミュニケーションが一筋縄でいかないのは、天秤座の特質なので大目に見ましょう。

 

注射克服法

友人に本当に注射がダメで、健康診断で採血した後に気分(精神)が悪くなって病院の前でへたりこんでしまったという人がいる。それがトラウマになってコロナワクチンを打つのが本当に嫌で嫌で、遂に翌日摂取するというときには「明日が命日です。今までありがとうございました」などと絶望的な口調で話していた。(今日会ったら当然普通に生きてたどころか副反応も大して出ないでピンピンしてた)

いや死なないから、注射痛くないしすぐ終わるよ、などと言っている流れで「注射苦手ですか?」と聞かれたので「かつて献血に行きまくってるうちにかなり慣れた」という話になり、へえー、なにがきっかけで献血に?と言う流れになったので話した。

大学生時代に、幼い頃から怪我も病気もほぼせず、運動も嫌いで全くやっていないため、基本的に身体性がかなり希薄なわりに悩み深い性格のせいで精神だけがかなりギンギンになっていることがふと気になった。「社会と接続していない体」を社会に接続させてみようという試みが献血であった。無料なうえに一般的に善行である。

強気の400ml全血なので、わりと時間をかけて抜かれるのだが、まじで体が元気だったので立ちくらみもしないし、「数値十分です!大丈夫ですね!」とか言われて「あ、やっぱ思ったとおり健康なんだ」と確認できて良かったり、多少一瞬痛いは痛いんだけど大したことはないと場慣れして、それ以降注射関連でほぼビビることはなくなった。

という話をしたら「聞いてるだけで気分悪くなってきました」と言われた。ごめん。

知らない・慣れてないものほど怖いけど、無理矢理試行回数増やして力尽くで慣れるとわりとなんとかなるよ…と伝えたかったのだが、悪手だった。

 

 

数日前にapexを始めた

余暇ゲームをやると狂った勢いでめちゃくちゃやってしまうので、自ら禁止していたのだが、ふとしたきっかけでやりたくなったので始めた。

据え置き世代かつアクション要素があるゲームが苦手なうえに、匿名のネットユーザーは全員往年の典型的vipperのように凶暴で挑発的な挙動をするという思い込みがあるため、未だにびびりまくっており、怖くて仕方がないので、基本的に上手い友人と一緒にやってもらっている。上手い友人とやると敵も比例して強くなるんだよ!というのはわかってます…

5時間×3日ほどプレイしてようやく2キル取れて喜んでいる素人ぶりですが、マッチ開始直後に遭遇した相手(武器持ち)をステゴロで殴りまくってキルひとつ取れたのがあほみたいで嬉しかったです。射撃下手くそ問題は全く解決されてないのでがんばりたい…

と思いつつ、「いや〜〜夢中でやれるな〜」と思うゲームは本当に私の大切な24時間をえらい勢いでガンガン削ってくるので、イマジナリーピアレンツ召喚して一日何時間まで!とか、何曜日だけ!とか制限しないと…と危機感を覚えている。

わりといい年あるあるの「ゲームは疲れるからあんま長くやれない」が私にもきてるのでは?と、ある意味期待していたのだが、全然元気よく数時間やれるので本当にゲームは怖いと思った。

 

 

マルタン・マルジェラの映画を観た

https://www.uplink.co.jp/margiela/

ファオタの友人と観た。ほぼ感想が同一で面白かったのでそのまま。

地下鉄の駅で後ろから肩を叩かれ、友人と合流した。「今日何着るかわりと悩んだよね…」という話をした。友人はシャッとした白シャツに黒ズボン、私は白Tシャツの上に黒のスケスケシャツ・ちょっと前に買った高い良いズボンだった。そもそもマルジェラの服を持っていない中で、ちょっと寄せていくか、全然気にしてねえぞでいくか悩むよね…という段取りが、相談もしてないのにお互いにあったことに笑う。他の人が何着てくるか楽しみだね…と話した。結果としては全体的にモノトーンで、そんなに分かりやすくバッキバキの人はいない、でも1人1つは強いアイテム仕込んでそう…という感じだった。

事前に観た別の友人が「良いですよ!!!」とめちゃくちゃくらってた感じだったので、なにかドラマティックなことがあるのかしら…と思っていたら、うんうんなるほどなるほどな…と思っているうちに完だった。

見応えはあった。情動は揺さぶられなかったけど、そもそもそういうような作りではなかったし、それはそうやんな…と思いながら映画館を出たら、友人が「せやんな…って感じだったね」と言ったので「だよね…」と答えた。

本人のコメント付きポートフォリオを見た感じ、と友人は言っていた。隠れた事情や生々しい吐露があったというスクープではなく、作ったものと本人のコメントに矛盾や齟齬がなく、だよね…という経緯を辿るレポートだった。あとは「ファッションデザイナー」と言ってるけど、限りなく「アーティスト」的な感じだよねという話をした。

作家が顔や言葉を出さないことが「秘密」であるというわけではない、作品で十二分に言うてるやんだったのは健全なのではと思って、映画的体験を求めることじゃない方面で好ましさがあった気がする。

 

間違い電話

前述のapexを友人とやっている都合で、Discordをダウンロードした。ゲームをやってる人間が使いやすいやつというくらいの認識で、まだ挙動がよくわからないチャットアプリ(?)であった。なにしたらなにが繋がるのかわからないので触るのが怖い。

仕事から帰宅後、スマホを触っていたら、友人からDiscordで着信があった。「あ今ゲームしてんのかな、参加しよかな」と思って通話をしたら「あれー?もしもしーいまどうなってます?」という感じだった。友人も適当に操作していたら通話がつながったらしい。

なんだ間違い電話か、Discord慣れないなーなどと話しているうちに、どうでもいい話に流れていく。最近こんなことがあった、それは知らんかった・知ってた、こういう感じで経緯があったらしいよ、関係ないけどこんなこともあったよ、と、茶飲み話になっていく。正確には適当に酒を飲んでいたので、飲み会でするような与太話に推移していく。

なんやかんやと話しているうちに3時間過ぎ、お互いに今日話すつもりでもないような話をぽつぽつと話して、ヘラヘラしながら言葉少なになって、じゃあ明日9時半からゲームしよね、そろそろ寝よ〜と言って通話を終えた。

操作がよくわかってないアプリの事故的な誤操作がきっかけではあったが、たまたまお互い後ろが決まっておらず、なんだか話しが途切れないから思ってもいないことまで話をするというのは久々だった。お互い用意のないことを喋りすぎたかもなあという、くさくさとした後悔が残る感じも飲み会らしい感じで良かった。

 

まとめ

まあ色々ありますね。

2021年初秋の化粧品について

久々に。。わりと変わった気がするので。

前回記事の2019秋の気合いの入り方と、製品の名前を羅列しまくる真面目さに我ながら感心する。そしてバキバキに金使ってんな〜!と思う。今はもっとゆるい。コロナ禍で百貨店行く楽しさが激減してるのはまじで楽しくないですね。でも後で読み返すと、ちゃんと書いてる方が面白いので今回もがんばりましょう。

 

前提

最近、美容を趣味としている&適当に暇な友人たちとパーソナルカラー診断とか顔タイプとかをやったりして遊んでいた。顔タイプは研究と客観性が足りないからよくわからんけど、パーソナルカラーは確実にブルベ冬だなと自覚したので、手持ちのアイテムから合うものを探したり、ブルベ冬傾向の強いアイテムを買い足したくなってる。そして使いあぐねてるイエベ向きのアイテムに執着するのはやめて整理した。色々新しく派手にやりたいというより、似合うものを再点検することに興味がある時期です。

 

洗顔

夜は美容好きの友人に「ベビーオイル洗顔」なるジャンルを布教されてからやりはじめた。私は邪宗徒になり下がり真面目にやってないので、きちんとやりたい人は調べてください。

メイク落としとしてジョンソンエンドジョンソンのベビーオイルを3プッシュ顔に馴染ませ、シャワーで流している。普通のオイル系クレンジングと同じ工程です。この時点でガチでベビオ洗顔やってる人は「お前それは違うからな」と言いたいと思います…すいません…

普通のクレンジングオイルと違うのはいい意味で水切れがよくない油分が残る感じ(すぐ全てなくなった!という感じではなく、洗髪などの全工程が終わる頃に顔の感覚がスッキリしてくる)ですかね。私はマジで極端に皮脂が出て来ないことがトラブルにつながりがちなので、これくらい穏やかな洗浄がいいような気がする。

朝は同じく前述の友人からの布教で取り入れたエマルジョンリムーバーなる富山の海水を10プッシュくらい、しこたまかけた後に水で洗い落とす。とにかく洗う系に関してはちょっと押しが弱くやさしげで安価なものを使っているが、冬から夏にかけて基本的に調子は良い。

 

スキンケア

朝夜ともに洗ったらすぐにCNP Laboratoryのブースターを3プッシュ塗る。前述のメンツが極めて優しいので、ここでピーリング要素のある導入液を使うことが良いチームワークを出している気がする。低刺激なのも良いのかもしれない。

 

その後、昼夜ともにThe Ordinaryを2〜3品使うのだが、なんとなくモノを分けている。

The Ordinaryはめちゃ効果が出る上にお手頃価格なのでマジで良い。私の肌が基本的に花粉と乾燥とストレス以外にはビクともしない(弱点を突かれるとわかりやすく乱れるけど化粧品どれ使うかはそんなに関係ない)ので、相性が良いと思う。好き。

しかし使い合わせの縛りが多すぎて、ものぐさな人間としてはもうなにがなんだか分からなくなるので、欲しいものをとりあえず買い、届いたやつにマッキーで特徴を直書きし、「これとこれは一緒に使える」と班分けし、重め班を夜用、軽め班を昼用にした。

 

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作業場に置いてある溶剤のような風情になってしまった。

 

夜はBuffet ・argireline solution 10%・The Ordinary. Retinol 0.5% in Squalane、朝はAlpha Arbutin 2% + HAとEthylated Ascorbic Acid 15% SolutionもしくはAscorbyl Tetraisopalmitate Solution 20% in Vitamin F。

もう自分がなにをやってるのかもわからんけど大体アンチエイジングメインです。

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過去ワイが頑張って調べてメモしていました。合ってるかはわからん。

買い合わせが雑でいい加減にしろよと我ながら思うが、肌トラブルは他の製品を使っているときに比べて激減した。日焼けもチャリ通ガッツな割にしなかったのでよかったんじゃないですかね…トラブルないときってジャッジがゆるくなると思うんだけどそういう感じでよくないですか。。ルックファンタスティックで通販してます。ビタミンCサスペンション30%の軟膏がハードコアで好きなんだけど品切れだったんだですよね。。アレを塗りたいんや本当は。

 

ベースメイク

クッションファンデって良いけどすぐなくなるよねという論調に対抗するには、すぐなくなってもこれは高くないから死なないですよ!という暴論しかない。ということでミュシャのプロカバーNo.21を使ってます。ランコムのクッションを第一次クッションブームのときに使ったんだけどそれは高かったじゃないですか…リキッドだとひとシーズン持つのに半シーズンで買い替えるのは大変だよ。大学生でも社会人でも。

今もクッションは2ヶ月3ヶ月でなくなるにはなくなる。けどカジュアルに買える。デパコス価格のやつはもう少しもって欲しいところだけど、ミュシャは凶悪な値段じゃないからいいですね。

そこにイニスフリーのノーセバムパウダーを、前髪やマスクが干渉するエリアに重ねる。イニスフリーは本当に全く悪くはないんですけど、私の肌が以前ほど皮脂が枯れ果ててる感じじゃない今としては、エレガンスのラプードルに戻したくなってる。エレガンスはカバー力というか色味調整というかのまとめ上げ方が天才的だと信頼しているのですが、皮脂抑え込みすぎてけっこう乾燥してそうかなあと思って一旦試験的にやめている。今くらい自然に皮脂があるならマイナスを感じずに良さを味わえる気がする。イニスフリーはマイナスもないけどプラスもないんだよななんとなく。

そしてシェーディング大好きマンなのでドラァグ並みにガチッと入れたいのですが、キャンメイクのシェーディングパウダー04がめちゃくちゃ良いですね。ブルベの人間はブラウン系じゃなくグレー系が必要ということを実感しました。まじでさっさと買えばよかった。人気のトゥークールフォースクールアートクラスバイロダンはブラウン系で浮いて合わなかったので、ブルベの人間はグレーカラーを買いましょう。他者に合うものが自分にも合うかはやってみないとわかりませんね。

ハイライトはセザンヌの名品パールグローハイライトを試してたんだけど、色味とパール感が強すぎて浮きやすい。意外と今いいのが3CEの#GOLD PINK。ゴールドとはいえ黄みがそんなになく濃くつきすぎないのでクリーンな印象になる。

 

アイブロウ

10年くらい最強すぎてこれしか勝たんシュウウエムラの鉛筆ストーングレイでフレームを並行にして、イガリのパウダーで間を埋める。シュウウエムラの鉛筆だけで仕上げてもモードでビキビキな感じで成立するけど、パウダーも併せるとやや親しみやすい感じに仕上がる気がする。イガリのパウダーだけでやる(少し前までハマってた)と地眉のナチュラルムードを強調する感じになる。今はほどほどくらいの強さにしたいので併用している。

 

アイメイク

最近はカラー感が強いものより、自分に合う肌色っぽいベースに怖い偏光ラメを重ねるのが好きなのですが、ZEESEAの大英博物館スカラベがいいですね。

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一番上段、左から3番目の減りがベースとして優秀で、減り方が極端なので一色買いしたい。他も妙な色味のポイントカラーが揃ってるので良い買い物でした。

重ねてつける怖いラメでかなりいいのはMACのダズルシャドウアイライク2ウォッチが最強。ももクロのしおりちゃんとコラボしてたやつですね〜。ゴールドだけど黄金っぽい感じではなく寒色っぽく、いい意味でラメの密度が低く目がチラチラする光り方をするので、星空のような感電しているような感じの緊張感のあるパチパチしたキラキラなので、めっちゃくちゃ上がる。擬音使いたくなる。そして粉落ちしたり変色しない。

練り紅のようなじっくりと赤いパールのようなシャドウも湿度高くて色っぽくて良いんだけど、アイライク2ウォッチはめっちゃくちゃ光るのにヌケがあっていいです。

他はシュウウエムラの単色青ラメとか紅色ベース緑ラメも良かったり、タッチアップできるならトムフォードのめちゃくちゃ最強な単色ラメラメとか死ぬまで使えるベーシックなブラウンベージュ系の4色セット探究もやりたいんだけど、ベーシックカラーこそ実際につけてみないと「これですよ!」となりにくい。

 

さっきからわりと前に話題になったアイテムじゃん。。と思ってるかもしれませんが、コロナ禍になってから新作をタッチアップして元気モリモリで買う遊びができないから、手持ちの良品を検分してるんですよね。

 

リップ

マスクしてるからやらないでいいよとか言ってると、ふとしたときに顔の下半分だけ寝起きだろなんでなんだお前と自分に思うのでやるようにしてます。

ロムアンドのティントが良いと聞いたので何本か買ったけどフィグフィグが良かったです。他はピンクパンプキン(やや黄みより)コルニソーダ(鮮やか!)も発色はいいかんじ〜だったけど個人的にちょっとリップの明度を下げる方が顔全体がまとまりやすいのでフィグフィグが使用頻度高い。

他はエトヴォスのミネラルリッププランパーディープベイクドマロンが、イエベっぽい色みと思いきや透け感ブラウンで地色との相性がいい(同じく茶色っぽいシアースパークルセピアは負ける)、ディオールのルージュディオールリキッド427が地色を抑えてヌードカラーにまとめてくれるのがいいです。

 

やってないやつ

チーク・下地・マスカラどこいったんだよという話なんですがあんまやってません。アイラインは…たまにヒロインメイクのブラウン系のやつでキャットライン引くけど、せぶちのジョシュアみたいなキュンとした目尻にしてえな等の元の作りに逆らう顔つきにしたいとき以外ではやりません。。

なんでだよというと、私は基本的に好きな他人の顔をコピーしたいというマインドがあるのですが、今はメンズアイドルの真似をしたい時期なので、まつ毛がそんなに色々やってない方が好きとかチークはないほうがいいな…と、ちょっと要素盛り盛りじゃない良さを研究したいという気持ちがある。

下地については、スキンケアで過度に落としきらない方面で固めてるのと、最近のファンデは下地ががんばらなくても成立するようなものもある気がしているので、ファンデ一本勝負をやってる。もっと乾燥したり花粉がブンブンな時期は対策できる下地に興味がわきそう。

「今日は仕事で30人くらい辻斬りするぞ」と思ってるときはイブサンローランのラディアントタッチブラープライマーの上にアンクルドポーオールアワーズをやって絶対死なない顔とマインドを装備しています。。気持ちの問題…イブサンローラン毎日つけなくちゃいけないほど緊張感もって生きてねえだろと思ってるんですよね。

 

まとめ

百貨店でタッチアップして事故的につっよいアイテム買うか、新しいスタイルにハマるかしないと化粧革命起こりにくい。最近は眉毛パーマなるものをやりたい気もするんだけど、月一くらい行かなくてはならなさそうなのでインフラ的に出費があるのもいかがなものかと悩んでいる。

もう少しなにかきっかけがあるまで現状維持で工夫をしてもいいですかねー。モノより使い方に工夫をすることに関心がある。

買い物(事後)ブギ

日記です。

 

めちゃいい服買った

迷い始めてから約10日。迷ってるフリというか検討作業というか、自分自身を説得する作業をしていた。

 

相談役ブーストをかける

友人の服オタク(買う着るマンではなく服飾・染織・繊維関係への興味・実践が独自のテイストで先鋭化しているマッドギーク)に「これが欲しいんだけど、どう思う」と一応相談した。

この友人は人当たりが優しく、表面上は強く否定的な反応はしないが、そもそもの気質として好きな分野に対して批判的思考がギンギンな上に、評価に値しない時はリアクションやコメントがわかりやすくかなり薄くなるという善なる正直者である。そこがいい。

本件に関しては、コレクションのコンセプトと構造と素材に注目し、私が着た状態を想定し、「いいんじゃない!」とジャッジした。信頼できるアドバイザーの認可は推進力になる。よし、近日中に店に行ってとりあえず試着だ。

 

強い洋服屋さんはこわい

つよいブランド店とか、フラッグシップ店では展覧会とか作品展示をやっているところもあるので、買い物目的じゃなく侵入したことはあるが、無意味に緊張する。「私は展示を見にきた人間です…」という感じを出すように努める。

しかし今回は場合によっては買うんだよという気持ちがあるだけで、緊張は薄れる。ゆっくり展覧会を見て、買う可能性があるものを複数試着し、気になる他のものとかもあーだこーだと話をしながら手に取らせてもらった。

普段も、これくらいの気持ちの余裕が欲しいですけどむずかしいですね。買いにきたんぞという状態じゃないのに店で元気よく過ごすのは無理だろ。

 

当該の服

服を買うときの失敗としてよくあるパターンがある。めちゃくちゃ物として出来が良くてカワイイよなあ、限定なんだよなー好きなトレンドだなーモデルがめちゃんこキマった着方してるんだよな…というものが欲しくなって手を出すと概ね爆死する。モノは良くてもとにかく似合わないと買ってはならない。着るために買うんだから。特に「安いから傷が浅いかな」と言えない価格帯のブツに手を出すときは絶対に失敗すべきではない。

今回は写真では素材感がわかりきらなかったので実物を見る。限定色(訴求力すご〜)と比較する。着たら「おやっ?なんだかワイの顔と身体とのバランスが…」がないかを確認する。イケイケな時に着たいので今日はちゃんと朝に化粧と髪を多少やって「私がみすぼらしいからそもそも釣り合うか検討する意味がねえよ」という話にならんようにしておく。

 

買った

実際着てみると、情報収集し、シミュレーションしていたとおり「いいですね」となった。私は似合わない服は本当に似合わないし逆もまた然りな汎用度の低いビジュアルなので、似合っているかどうかはぱっと見で判断が早い。

お店の人と他の色、形と比較検討して「これがいちばん合ってますね」と意見が一致していたのはよかった。他のものも比べて合ってるということは率直な感想だと思う。(というかそもそもこのブランドの服を好いててこれいいよね〜ってマインドが一致したうえで一緒に検討してくれたのにいちいち邪推をしてすみません…)セルフイメージと客観のずれがなさそうでしたということでめでたく購入。贅沢品に手を染めたので、来年度くらいまで財布の紐を締めるぞ…と、とりあえず思った。

 

お買い物はrendez-vous

なんかこう、どうしよっかな〜大丈夫かなあ不安やな〜とリサーチを重ね、でも私に合うと思う気がするし今後もなんとなくそうだと思うんだよね気分や価値観が大きく変わらなければ!とかなんとか悩みつつも結論ありきで突き進む感覚、めちゃくちゃデートだな…と思った。

なんか言語化してるうちに飽きてきたのでこの話どう落とそうかなと思ってたけど、理性を超えるヤバ欲し感はなんか共通してるのかもしれません。しかし市販されてる服は「あなたはお値段払ってくれてもちょっと家にいきたくないな」とは言ってこないんですね。ギィー。怖い話になってきた。

 

まとめ

岡村靖幸ちゃんも「この世で一番大切なものはデートに決まってるじゃない!」と言ってたのでそうだと思います。恋は服じゃないけど服は恋的な。この話の流れこわ。

とにかくめっちゃ気に入った服買ったのですげえ元気でました。労働意欲もちょっと出ました。私は服というものが好きなんだなと改めて思いました。

買い物(予定)ブギ

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日記です。

 

お金の使い道が基本的にアホ

労働条件や環境がクソ腹立つし、改善の見込みも蕎麦湯程度に薄いので(風味はある)仕事これ以上やってられるかと思ってる時、労働意欲を強くキックするのは「凶悪な値段の服等が欲しい…」という物欲。劣情。

この劣情に寄り添って良いのか…資本主義の豚すぎるだろ…と思うと同時に「何もかも納得とは程遠くむかつくけど、目の前の欲しいものを買うためのお金のために働くか」と思えるくらいの軽薄さがあったほうがいいのかなと思う。

 

懐かしい感覚

コロナ禍以降、服やら化粧品を求めて買い物に行った回数は両手の指で数えられるほどで、嗜好品にがんばってお金を払う感覚が薄れていた。近所のイオンモールで韓国コスメを買ったり、服は通勤・作業以外に活用する機会が少なく、めかしこむべきタイミングがかなり減ったのと、手持ちの服あるだろ運動をしていたので本当に定期的に買わなきゃハドソンと思わなくなっていた。

しかしたまたまインスタで「おやこれは欲しいな、カチッとした仕事にも着て行けて好きなデザインの服買い足そうと思ってたんだよな」と思う服が目に入ったので、かなり久々に、かつて時折感じていたむくむくと湧き上がる「ちょっと無理してでも欲しさ」にとらわれた。

職業に対してプロ意識・倫理観・モチベーション・発展性・長期継続性を持ち込むと、私の人生このままでいいのか…と話がややこしくなってくるが、いまの働き方でこれ買っても即死しないから買いてえな!という豚度の高い思考に持ち込むと、不思議と納得度が出てくる。我ながら徳が低い。

 

イッセイミヤケの服が欲しい

本件で欲しい服、家電なのかなと思うくらい高価なので(その中にそれだけの価値があるのはめちゃくちゃわかる)しばらく緊縮財政待ったなしになるけど欲しい。セットアップで欲しい。とはいえ贅沢品なので固定費や無駄遣いを減らす算段しようかなと思う。

基本的にリアリティのないマインドなので、貯金が増えないし基本的に人生を長くやることへの真剣度が低い。低み。でも働くことに関して意識がゆるく、とにかく生きることに対するやる気も薄く、さらにはつまらないことでいちいち悩みがちな人間が「これ買いたいもんだからとりあえず働くのもいいでしょ」という雑でシンプルな結論になるのは健康的かも知れません。

将来困ったらどうしようというか困るだろうからもっとなにかにつけリアリティをもって生きたいよぉとは思ってます。

 

まとめ

数年前に欲しいなあ〜でも高いんだよね〜と思った靴を、何回も検索してはどっかにないかと亡霊のように思っているので、意識につよく絡み付いたアイテムについてはちょっと頑張って買ったほうがいいなと思ってます。少なくとも試着して、本当にいるかいらんかジャッジする作業はしようと思います。それで「あ、似合わないかなー買わんでもええかな」と思ったら経済的得した気分になる。(得はしてない)

ツイッターの下書きが溜まる雑記

おぼえがきです。

 

最近、ツイッターで下書きをしては「この話、いま、ここで、この頻度で発信すると、私の長い友人知人(長期的プラベ鍵垢なのでだいたいがそれ)にとってなにもいいことがない、というかこの人アレやなと思われるのイヤだな」と思い、下書きに溜め込むことが増えてきた。

別に長い知り合いしかほぼいないフォロワーに好かれたかったり、いいこと(?)提供せなあかんと思ってツイッターやってるわけじゃないけど、あまりにもどうでもいい与太話を頻繁に呟いて今のわたくしの日常や思考を一方的に知っていただくのもやりたいわけではないんですよね。

私はツイッターを、最近の感想をなんとなく言語化して投げる、他者のそれをなんとなく察知する感じで、半分読み物、半分昼食を食べる時の食堂の雑談みたいに思ってるような気がする。

ご時勢的に、周りの人はどうでもいいことをあまり雑に頻繁にツイートしなくなってるので、私の極めてどうでもいい話ばかりが他者の目に入って、なんとなく目障りになるかもしれないとか思うという小心さもある。

私がツイートしようとしてやめたりやめなかったりすることは、最近あった些末な出来事とかについての個人的な感想とか考察を言葉にして吐き出す感じなので、人に伝える情報的価値も意味もない。

もっとどうでもよすぎて感想すらない無い話はさすがに直情的にツイートしたくなっても内容が雑なのでやめたほうがいいなと思うし、よくよくよくよく考えた方が良いシリアス・センシティブ話は、より一層慎重にツイートした方がいいかな〜と思う。個人が判断が割れるような話には触れるべきではない!ということではなく、最近その話ばっかりしてる感じやなあと見えるのもそれはそれで個人的にバランスがある。

頻度・内容からなんらかの感想を抱かれるのがイヤと言う方がやや正確である。実際以上に悩んでそうと思われたり、世の中に対して過敏であったり、逆に無神経なように見えるかなーとか、どうでもいいことを一旦考える。

マジでなんでそんなに気を遣ってツイッターやってんだよという感じですね。。日々の終わりに酒のつまみに作文するのはとても好きだけど、SNSに投げれる程度に推敲したり、日記などをつけるのは面倒なんですよね…。そんな時こそはてなダイアリーを使えよ…いやはてなブログなのか…ブログって言われるとなんかもうすこしアレじゃん…とか本当バカみたいなことしか考えてないし何もかもに対して真剣度がない。

 

そして自分がフォローしている人も、有名無名問わず、お前ばっか喋ってんじゃねーかと誰にも別に思わないし内容が見ていられないほどおかしいだろとも激しく思わないので、なんというか自意識過剰なだけなんですね。(あまりにも頻度と内容がアレな人は普通にフォローをやめるけどそんな人はほとんどいない。)

 

ここまで繰言しかないのでなにがなんだかと言う感じなんですが、日々の言語化したい気持ちと、アウトプットしてもよさそうな場(先述のツイッターおよびコロナ禍でほぼなくなったリアル雑な場での会話)のバランスが悪いので、普通に誰も見てないようなこのブログに書けることは書けばいいじゃんと思ったという話です。作文したいときはブログを書きましょう。少なくともこの内容は作文したくなったけど全然ツイートしたくない。

棚が作れない人間の気持ち

おぼえがき、兼・Twitterだとなげ〜これ人に伝える意味ね〜、けどブログだとそこまで量もないし中身ねえ〜、と思うようなものもブログで投げても良い気がした。けっこう残すか残さないか程度の作文の時間が日々ある。

2,000字超えたら残す甲斐があるみたいな感覚もあるけど、その設定がそもそも長い。というか中身などは常にない。

以下、ツイートのややリライトと、棚の話です。

 

4月の棚について〜厳しい指導者インマイマインド〜

棚を作ろうとして作れなかったので、「私は棚が作れない人間です…数日かけて計画し、十分な木材と電動工具があっても材の選び間違い・採寸失敗をし、しまいにはコーススレッドが足り無くて作業中断する人間なんです…」って泣きながら2000mmのネコのお腹に顔を埋めたい。ネコはいないので泣いてはいない。

縦軸が得意・不得意、横軸が楽しい・楽しくないのグラフを描くと、木工は完全に「不得意、楽しいと楽しくないの中間」なのですが、楽しくも楽しくなくもないのではなく、「単純に手を動かしたり考えたりするのは楽しい、けどできるようになりたいのにできなくてつらい」という双方向からの引っ張りの結果中間にあるやつです。

四の五の言わず数こなして上達しろ、という話ですね。大してやってないのにうまくやりたいとか言うな、と私にマジレスしてくる体育会系の人格、大抵いつもいるけどこの人どこから来たんだ。この人の指導方針基本的に厳しくてつきあいきれないんだよな。

ミニマルに生活をしているせいで、ついに自分の中の他人みたいな領分とのつきあいかた検討し始めてるの本当にアレだと思う。テレワークじゃないときの出勤では生身の人間との関わりをしっかり噛み締めてこようと思う。

 

その一週間後〜失敗して反省してるときの記録〜

木工すればするほど自分のことが嫌いになる。なぜ嫌いかというと、自分で「これよく考えておけば理屈としてわかるじゃないですか」というミスを大量に観測するからです。

しょぼい木材には細い木ネジじゃないとバキバキになるに決まってるだろぶっといやつを何本も打ち込むな、なんでキャスターひとつ違う種類のやつ買ってんの??そしてそれらの問題をリカバーせず、完成までもってくところが一番クズ!気づいた時点で作業を止めろ。

これ何度もやっては「向いてなさがすごい。しんどい。けど、もうわかったから次こそは…」って思っては数ヶ月後には忘れるのを繰り返しているのを思い出した。ネジひとつ選ぶのにも思考・判断・能力が必要なことを忘れてはいけない。

なお私物の場合、毎回作業は止めずにゴールしている。ゴールするな。

 

ここから最近の話〜木工得意ってな〜に?〜

先日、まともに木工ができる友人と話す機会があったので、ふと半年以上前の棚のことを思い出した。

「棚とかテーブルとか作ってる時ってどんな気分?気持ちいい?楽しい?」と聞いたら、ええ…?みたいな反応をされた。

友人は少し考えてから、「予定したことが予定通りに進む気持ちよさはある。けど作品を作るとか、絵を描いたりするときの楽しさみたいなのとはけっこう無関係ですね…」と言った。そうなの〜〜ってなった。本人はあれもこれもうまくいって最高だぜ、という快感があるのかも知れないと思っていた。ないのかよ。

たしかに私も木工棚作りには「私の実用に耐えるであろう」以上のものを生み出す喜びや興奮を期待してない。予定どおりに、正確に美しく完遂したいと思ってる。しかしそれがアホな理由でうまくいかないから変に複雑な気持ちになる。

友人は簡単な棚を作るときに、予定通りに行かない人間が持ってる不安や緊迫、そのうらはらの予想外の喜びがないと言う。要は慣れていることを慣れた手順でやっているのだ。

これは木工という分野自体がどうという話ではなく、私が不慣れで基礎力がないものに対して、非常に低いレベルでの困難やブレイクスルーを体験して、いちいち気分が振り回されているみたいな話だと思った。

要は単純にものすごく素人なんですね。「木工体験」程度のことを何度も何度もやっている。だから複雑だったり難易度の高いことをやってみようかなーとか、独自のデザインや工夫をここに入れたいなーという欲も、生まれる段階ではない。

しかしさすがに「やったことないです」をやや過ぎてるので、毎回白紙にならないで、いい加減慣れて欲しい。やったことないよりはやってんのに慣れの進展が遅いのは脳の不得意らへんの問題なんだと思う。

 

まとめ

途中で結論が出てたけど、そんなに棚が作りたいならもっと短期的に数こなせよって話だよね〜〜

絵も料理も勉強も運動も化粧も園芸も音楽もゲームもやればやったぶんだけ知識と経験と技術が心身に染み付いてわかるんだから、それと同じやろ、得意不得意以前にやってる時間が自分にとって十分ではない感です。また体育会系のセルフ指導者が出てきた。えーん威圧的でこわい。